オンリーワン@脱天理教教会後継者ブログ

脱天理教教会長後継者等変わった経歴の30代が思想・哲学・生き方を生き方をぶっ放します。

天理教という牢獄から抜け出した日常とその方法

 

こんにちは。オンリーです。

 

僕自身は天理教の教会長後継者というのを辞退し、

 

 

nantenhito.hateblo.jp

 

しばらくは実家にいたものの

 

実はこの数か月前に実家を出て

 

1人暮らしをしているわけですが、、

 

結論から言うと、

 

「家を出てよかった」

 

と言わんばかりの毎日を過ごしております。

 

ほぼやめたとはいえ、

実家に住んでいると嫌でも

天理教に関わらなくてはいけない

 

そんな時間が存在しちゃうんですね。

 

例えば毎日朝から鳴り物をじゃんじゃん鳴らす

 

「朝夕のおつとめ」であったり、

 

信者が全くいない教会だったとはいえ、

 

月次祭などの例会や集まりなどの会合は毎月やるわけですから

 

嫌でも間接的には関わらないといけない。

 

完全に切れるということは

親や今までの知り合いとの

縁を切るなりなんなりしないとほぼ無理とはいえ、

 

実家を出るということをやるだけでも

ここまで効果があるのかと

びびった数か月間だったりします。笑

 

関わる人もほぼ宗教をされていない方

 

いてもお寺や神社に携わる人くらいなので

 

ほぼほぼいい感じに

仕事もプライベートも過ごせていたりします。

 

とはいえ、この間、久々に仕事の関係で

天理教に勤めているメンバーと

仕事することがあったんですが、

 

こういった時に自分が

牢獄から抜け出していることがわかる、

 

それが

会話で使う言葉

でした。

 

これはある意味、

サラリーマンされている会社員の方も共通して

多かったりするんですが、

 

天理教に勤めている人たちの

言葉には

主体性というものが微塵もなかったりします。

 

例えば

 

「今度〇〇さんがこんな行事企画するらしいなー。」

 

「本部のお祭り、今回はすごく人が多かったですねー。」

 

「この〇〇という組織で、一番を目指しているんです」

 

すごく自分の中でいびつだったのが

 

「人のうわさ話や教団だけのことしか

考えることができなくなっていることがやばいな・・・」

 

そう思ってそのメンバーの会話を黙って聞いておりました。

 

自分らがどうしているや

どうしていくという会話が一切なく、

 

他人のことに対しての話しかしていない

ことに途中で気づいたんですが、

 

その時に自分自身がその領域から抜け出した、

そう思った瞬間でもありました。

 

逆を言えば、数年前はこの会話についていけていた。

その虚しささえも感じていたわけですが・・・笑

 

逆にどうやったらそういった牢獄から抜け出せるのか??

今日はそういったことも話していこうと思います。

(ここまでが前提って長くない??笑)

 

1、会議や月次祭等の行事は欠席する

 

これは一番簡単なようで難しいことですが、

 

教団の中で一番重要視していること

 

それは「神様の御用」という

言葉の乱用です。

 

天理教では会議や月次祭などの教会行事は

「神様の御用」という言葉を使って、

絶対に行かなければいけない

強迫観念が入ってくることが

しばしばあります。

 

しかし、本当の「神様の御用」って

そんな枠が狭いものではありません。

 

神様の御用とは何か??

 

天理教でいうなら

「陽気ぐらしに近づける行動や行為」

であって、

 

一般的には仕事をすることだっていえば

神様の御用です。

 

特に天理教の上層部や内部にいる人たちは

仕事をすることはただただお金儲けしている悪いことだ!って

よくわからない勘違いをしている人が多いですが

 

「仕事」というのは、

 

「誰かの為に役立つものを提供して、

その対価でお金を稼ぐことができる」

 

ものであって、

 

要は「人の為に何かをする」「人を幸せにする」

 

天理教の教えでもある

 

「はたはたを楽にする」

 

「傍」「楽」にする。

 

だから「働く」になるわけですね。

 

要はお金をたくさん稼いでいても

それによって価値を提供して

周りを幸せにできているのであれば

 

これは紛れもなく「神様の御用」

になっているわけです。

 

自分の身の回りの人の役に立っていれば

陽気ぐらしにつながれば、

それ=「神様の御用」になっていくわけです。

 

それを勘違いして天理教の内部のことをすれば

神様の御用になるか??

 

考え方次第ですが、僕としては

今の教団では「神様の御用」にすらなっていなかったりします。

 

誰の為の会議なのか??

誰の為の月次祭なのか??

誰の為の行事なのか??

 

最近、教団は

教祖140年祭3年1000日キャンペーン

を打ち出し始めましたが

(教祖が亡くなってから140年たつ記念の

お祭りをする上での準備期間的な??)

 

天理教の人らって

教祖の年祭以外に

大教会の記念祭とか合わせたら

10年のうち

6年2000日もやっているんですよww

 

やばくないですか??

 

10年のうち6年2000日

なんか「がんばろー!」とか「教団の為に本気になろー!」

て思わされる時期があるわけですよ

 

これは誰の為でしょうか??

 

「信者さんの為??」

「世の中の人の為??」

「自分の為??」

 

違いますよね??

 

「教団の為」

 

にしかなっていないわけですね。

 

会議という集団自殺の場所で

毎度1時間・2時間以上の時間を吸われ、

 

月次祭という月1の2時間の

おつとめスペシャルコースを

人によっては月に4,5日やれば、

(準備や片付け含めれば10日になる人もw)

 

それに参加する為に

毎月毎月江戸時代でいう

「参勤交代」を

今でも繰り広げ、

 

身内以外参加することがない

行事に参加させられれば、

話し合いや練り合いばっかりさせられて

 

「私、ここが全然できていませんでした。」

「神様、ごめんなさい」

 

潜在的に自分ができていないことを

反省させられまくる空気感を作られ、

 

自己肯定感や自己重要感をガンガン下げられる

環境が構築され、

 

組織として、教団として使いやすい人たちを

量産していくわけですね。

 

そして参加していくと

時間とお供えというお金がバンバン搾取されていく・・・

 

だったら、

全部欠席した方がよくないですか??笑

 

何も参加しなければ

驚くほどの時間と労力から解放されれば

 

そしてお金の苦しみから解放される。

会議と行事にでないだけで

自分の時間を確保でき、

 

それを他の人の時間に使っていく方が

それが「神様の御用」になっていくことでしょう。

 

2,お供えという金利から解放されましょう。

 

お供えってざっくりいうと「固定費」です。

現代でいうと

「無期限高金利住宅ローン」みたいなもんですw

 

もちろん35年では終わりませんww

孫の代どころか、気づかなければ

ひ孫の一生まで続く可能性もありますよね。

 

月々数万円でもありませんね。

場所によっては月々数十万・数百万円だったりしますよね。

とんでもない金額ですw

 

毎月かかってくるとんでもない

無期限の高金利住宅ローンですw

 

(しかも住宅ローンはキャッシュがあれば

金利にならない抜け道があるけど、

お供えはキャッシュがあろうが抜け道がないw)

 

いえば教団や大教会・上級などに

先祖の御恩というのを

無期限でローンを返している

感覚とほぼ一緒ですw

 

近頃はリボ払いや分割払いなど

色んな金利が出ておりますが

 

それよりもっとたちが悪い「高金利住宅ローン」

天理教の「お供え」だったりします。

 

てか、

それを思えば

ア〇ムやプ〇ミスなどの

消費者金融やクレカのリボ払いの15%はかわいいもんですよね。

 

恐らく場所によっては1500%くらいの金利

払ってるんじゃないかな??てところですw

 

もちろん、家賃ではなく住宅ローンなので

自分の教会の建て替え・修繕はしてくれませんね。

 

しようと思えば意味の分からない許可をとらなければいけない。

 

それを申請するときに、

お供えせずに儲けてたら

突っ込まれる。

 

むしろ大教会や教団など自分の胴元が

立て替えるとなると、

金利住宅ローンの

追加費用をとられるというやばいシステムですw

 

お金も教団に吸われるよりも

「自己投資」に使う方がもっと周りを幸せにできます。

 

毎月1万円お供えしていたなら

それを読書をする本を買う為に使うとか、

(もちろん天理教以外の本を買うこと)

 

数万円を上級の会長や大教会長

Twitterのツイートで聞けそうな

説教に使うくらいなら

 

その辺で開催しているセミナーの

受講費に使った方がまだましです。

(内容によりけりですがw)

 

余談ですが、

天理教にいる学生とか若い世代の子なら

特に「恋愛」は勉強しておく方がいいです。

 

天理教の子らは特に恋愛に、性教育に関しては

びっくりするくらい疎すぎるので、

(上層部や親達がそうさせないような文化を作っていた為。

これはまた違う記事で書きますw)

 

特に男と女の違いについては

知っておくべきことです。

 

恋愛についての教養がなさ過ぎた結果が

 

教会長後継者が全く結婚できないという

悲しい末路ができあがっている

原因だったりもするので。

 

お金ないわかっこよくないわ、

清潔感がなければ

ないないづくしになりますからw

 

で、恋愛を知り上手くなることで

人生も彩られていけば、

それが「神様の御用」にもなります。

 

だって、自分が付き合う男性や女性もハッピーにできれば、

案外恋愛できるように、モテる存在になっておけば

他の仕事なども全部うまいこといけるようになるからですね。

 

話はそれましたが・・・

 

まずはお供えという金利から

解放されることは必須条件ですね。

 

3,環境を変える

 

正直一番変えてほしいのはここです。

 

本当に天理教という牢獄から抜ける方法、

 

それは環境を変えることが一番手っ取り早いです。

 

といっても、これが一番難しいかもしれませんね。

 

例えば、教会に住んでいる人だったら真っ先に変えるのは

 

「住む場所を変える」

 

です。

 

住んでいる場所が天理教にどっぷりだと、

いくら自分がやめているにしても

無意識化で引き戻される可能性も少なかれあります。

 

天理に住んでいるとかも同様ですね。

まずはさっさと天理以外の環境に身を置いちゃうことが

手っ取り早いです。

 

僕も最近住む場所を変化してわかりましたが、

やはり朝夕のおつとめの音が

聞こえないだけで心がスッキリするんですね。

 

朝に嫌でも鳴っていると

もうちょい寝たかったのにふと目が覚めてしまう。

 

それがないだけで睡眠の質もキープされるわけです。

 

「神様との対話する時間なくすなんて、ばち当たりそう・・・」

 

て思うんだったら

代わりに近くの神社やお寺に参拝に行くようにすれば、

信仰心などはキープできます。

 

僕はウォーキングコースに神社があるので、

よる際はそこで参拝するようにしています。

 

そして教会に住めば家に様々な電話や来客がありますが

それがないだけで時間もとられない。

 

何より、

 

天理教の教会って広すぎるww

 

1人暮らしして感動したのが、

部屋の狭さ

 

掃除は楽だわ、ご飯作るのも

これまでの家事の時間が半分以上に減ったことから、

 

ここまで住む場所を変えることでの

快適さがあることにびっくりしたわけですねw

 

もう一つが

「人づきあいを変える」

 

これもめちゃくちゃ重要で

 

結局自分が抜けようと思っても、

自分の友達が天理教しかいなかったら

抜けようにも抜けられません。

 

友達が天理教の人がほとんどいなければ

自分自身もそっちに引っ張られていくので、

自然と周りがいい環境に変わっていきます。

 

僕とかはこの3年でほぼほぼ教団と関わる人らが

自然といなくなっていきました。

 

もちろん、入っていたLINEグループなどを

周りに自分だと悟られないように退会

(ユーザー名をunknownにして写真もなくし退会すればだれかわからない)

退会をしたり、

(最終的に数名にはばれていましたがw)

 

連絡をオブラートにフェードアウトしたり、

飲み会や行事の誘いは基本的に連絡をとらずにしていけば

ほとんど関わることがなくなったわけです。

 

仕事の都合上関わらないといけない部分はまだ残ってはいるものの、

その辺もいつしか別の領域でやっていくことから、

 

自然となくなっていくだろうなーと思うばかりです。

 

 

そしてもう一つ

「時間配分を変える」

 

自分が使っているリソースの時間が

天理教ばっかりなら、

 

そこから抜け出せることは

ほとんどできないに等しいでしょう。

 

でもその時間配分が

自分自身の人生をよくするためのもの。

 

例えば先ほどあげた「自己投資」なんかそうでしょう。

本を読んで自分自身の血肉にしていくことであったり、

 

自分の特技としていることを副業にしていく。

仕事をしていくことで誰かの役に立つものを提供していく。

 

そういった時間配分をよりよいものにしていければ、

牢獄から抜け出すことも全然可能でしょう。

 

もちろん、覚悟を持ってやっていても

引き戻し現象というものが必ず起こってきます。

 

同じ環境の人間が周りにいる以上、

必ず誰かから引き戻されるなんてことはあるあるです。

 

それに勝てるか??負けるか??

それはこの記事を見ているあなた次第だと思うので、

 

是非自分の人生を

天理教や宗教という牢獄から抜け出し、

 

よりよいものにしていただけたら嬉しい限りです。

 

本日はここまで!