オンリーワンブログ

変わった経歴の30代が思想・哲学・生き方を生き方をぶっ放します。

何故、天理教の教祖は「おつとめ」を重要視したのか??

 

オンリーです。

 

僕自身は天理教という家庭に育ったとはいえ、

現在の天理教に対しての信仰心というものは

 

皆無に等しい状態です。

 

しかし、とはいっても僕自身は

無神論者かといわれたらそうではなく、

 

様々な観点から学び・考えていくことで

導き出した答え

 

それが、

 

「自分は天理教を信仰する意義はない」

 

という結論に導き出されたことが

大きかったりします。

 

その中でも、

天理教

一番大きな違和感を感じたこと。

これは組織の中でもはや洗脳しているとしか言いようがない

こと。

 

それが

 

「おつとめ」の存在です。

 

毎日朝夕におつとめという

祈りというべきなのか

 

楽器を鳴らし歌う時間というべきなのか

 

それを絶対につとめないといけない

義務があるのだろうか??

 

そして月に1回ある月次祭では

天理教の原典である「みかぐらうた」というものを

すべてうたい、踊り、演奏するという

 

全部をやると2時間以上かかる儀礼

天理教の教会に関わる人間は毎月最低1回はするわけです。

 

しかし、これが組織内であれば

自分の教会をつとめれば、上級もつとめる

 

大教会もつとめるなど、

 

人によっては毎月3回・多い人は10回つとめる

 

要は1か月30日間の間の3日~10日間、

この月次祭

 

毎日普段の「おつとめ」

する時間にリソースをかけている人たちが

現在もいるということです。

 

それがいいか悪いかは正直置いておいたとして、

僕はそれが違和感にしか感じなかった。

 

会社員の人たちは毎日無駄に多い

「会議」で時間を奪われ、

時間貧乏になっているのと同様

 

天理教では「おつとめ」によって

時間を奪われ、

時間もお金も貧乏になる仕組みが

構築されているわけです。

 

教会で生まれ育った人たちは

毎月の「おつとめ」によって

楽しい学校生活を休まなければならなければ

(僕は学校嫌いだったので、休めて喜んでいた人間ですがw)

 

社会人であれば、仕事の休みの日を、

プライベートを充実させる時間を犠牲にし、

そこにそそぐ義務が今でもかせられている人も

今でも少なくないでしょう。

 

しかし、そもそも「おつとめ」って

なんでできたのでしょうか??

 

「人を助ける為だ」

 

と教えられた人がほとんどだと思いますが、

 

そんなことであれば社会に出て働いたり、

人に役に立つことを仕事にした方が

 

人を助ける一手につながるのではないでしょうか??

 

ここには、当時何故おつとめを作ったのかというところを

天理教内ではなく、外の動きも

俯瞰的、広い視野で見ていく必要があります。

 

当時、天理教の教祖であった「中山みき」さんは

 

世界助けをせき込むために、神様の教えというものを

 

周りに民衆の方たちに伝えたかったから

 

天理教たるものの教えを世に広めようとしたわけです。

 

(恐らく本人が天理教という宗教を作りたかったかといえば、そうではなく、

周りが宗教にしないといけないと崇め奉ったから仕方なくなっていったのでしょう)

 

その時は江戸時代。

 

ちょうど天理教の中で立教したといわれている

元号天保です。

 

江戸幕府の傘下にあった時代で、

 

基本的には学問などは今よりもはるかに教わることが

難しかった時代背景の中であるわけです。

 

しかし、当時の神仏を信仰する中では一つ、

大きな問題があったわけです。

 

それは、民衆が神道で伝わっている

八百万(やおよろず)の神や、

仏教で伝わっている思想が鎌倉以降、

大きく枝分かれしてしまったこと

 

または弾圧されたとはいえ、隠れキリスタンがいたりなど

この国の思想は徳川幕府によって

儒教朱子学)が台頭していたとはいえ、

 

枝分かれもすれば、

民衆の学力が今に比べて更に追いついていない時代だったわけです。

 

その中で、どうすれば神仏を信仰できる世の中にしていけるのか??

 

世界各地の人たちが、

より幸せにできることはなんなのか??

 

全ての思想を受け入れることができ、

全人類が仲睦ましくいれる領域を作る為にはどうすればいいのか??

 

そういったことを踏まえたうえで考えたことが

 

神様の教えを学力がなくてもわかるように簡略化し、

「おつとめ」というものを作ることだったのだと思われます。

 

何故か??

 

神社にいけばよく分かると思いますが、

 

日本にある有数の神社は

神社によってご祭神というものが全く違うわけです。

 

例えば、伊勢神宮では天照大神という太陽神、

天津神の中では最高神ともいわれる神様が祀られていますが、

 

出雲大社には大国主の尊」であったり、

厳島神社では宗像三女神

橿原神宮には神武天皇

明治神宮には明治天皇

がまつられているなど、

 

人間なのか??神なのか??

それすらも曖昧な目標が祀られることが多く、

 

とてもではないですが、

当時の民衆がそこまで神社の神様を勉強できるほどの

学力がなかったわけです。

 

そして祈り方も曖昧でした。

二礼二拍手一拝なのか??四拍手一礼四拍手なのか??

 

祭典時の何か音楽などを奉納するとなると

雅楽や能などの芸術的分野のものを神様に奉じるとなれば、

 

それこそ民衆レベルで神仏に喜んでもらえるものであったり、

人を助けたいと思う時の祈る方法が

 

当時はほぼないに等しかったわけです。

 

その現状を大きく変えたかったのが

天理教の教祖「中山みきだったわけです。

 

神がかりの話は記録である故、

本当にあったのかは定かではなく、

これに関しては触れませんが、

 

まずは曖昧な八百万の神という概念をなくし、

 

その神様たちを「天理王命(てんりおうのみこと)」

という神名一つに集約させることにしたわけです。

 

そこに天理王命の働きを「ご守護」というものに例え、

「十全の守護」であったり、「元の理」などの

教えへとひも解いていったと考えられます。

 

そうすれば、神道的な難しさというものがなくなり、

全てがこの世の創造神である「天理王命」のご守護だと思うことで

 

そんなに考えたり勉強できなくてもよかったりする

世の中、空間を構築することができたわけです。

 

そしてそのうえで、そんな勉強や芸術分野などができなくても

神様に祈ることができる方法というものを

作ることが一番重要でした。

 

当時の人たちは祈る方法がわからなかった。

信じる者がなく、生きる指針というものが

見当たらなかった。

 

そこで考えられたのが「おつとめ」でした。

目標が決まったわけですから、

そこに対して祈るもの。

 

しかも誰でも少し習えば

奉納ができ、

楽器も奏でることができるもの。

 

それが「おつとめ」でした。

 

つまり、

天理教「おつとめ」というのは

神社でいう雅楽」や「神楽」などの奉納する

舞や音楽と同じものであり、

 

お寺でいう「声明(しょうみょう)」や「お経」であり、

 

宮中でいえば「御神楽の儀」

演奏される「神楽歌(かぐらうた)」

のようなものだということです。

 

それを教祖は国としての音楽というより、

民衆の音楽として

 

おつとめに使う楽器も

「当時民衆に使われていた、流行りのある楽器を選定された」

と推測されており

 

踊りも雅楽や巫女さんが舞う舞などよりも

はるかに簡略化し、

尚且つ大人数でも踊れるようなものを作り、

 

それによって心が晴れやかになり、

人々が助かっていくきっかけになると見越して

 

「おつとめ」というものを構築したかったのでしょう。

 

そして宗教を作りたかったというよりは

 

新たな「神道を構築したかったのだと伺えます。

 

神道というものは曖昧です。

宗教なのか宗教じゃないか??

 

神社庁「神社」というのは

宗教団体ではあるものの、

神社という場所に参拝に行く人たちは

「宗教」を信仰している人たちはないわけです。

 

教祖も書物を読んでいると、

そこまで宗教団体にしたいということは否定的だったようです。

 

「講をつくれ」とはいったものの、

教会制度に関しては周りの後押しによって

仕方なく認められたという感じだったんですね。

 

そして一番重要な言葉こそ

 

「心次第が天の理」

 

要は人間の心が重要だということです。

 

これは天理教ならではの教えというより、

ある種神道的であり、

 

「自分の大切なことは心で決める」

 

これを軸におくことが重要で

 

継承されているおつとめを

すること・しないことも

 

義務ではなく、

各々の心で決めていくこと。

 

これが非常に大切なんじゃないかと思います。

 

ある種、最近では「おつとめをしなければならない」

 

どこかでおつとめの否定をしてはいけない。

 

そういった脅迫観念が

起こっているなと思ったので、

 

信仰していない人間が、俯瞰的に見たときに

思ったことをブログに書いたのでしたとさw

 

本日はこれまで!