オンリーワンブログ

変わった経歴の30代が思想・哲学・生き方を生き方をぶっ放します。

「余計なことを考えるな」という洗脳社会 ~リアルシャドーハウス~

 

オンリーです。

 

突然ですが、このブログを読んでいただいている皆さんは

マンガ・アニメなど好きでしょうか??

 

実はオンリーはアニメ・マンガが昔から好きで

ハマってしまうと、沼にはまってしまう傾向があります。笑

 

最近、とある人から紹介されて

久々にやばい!と思ってしまったマンガ・アニメがあります。

 

2021年に放映され、

今月より2ndシーズンが始まった

 

「シャドーハウス」

 

です。

 

TVアニメ「シャドーハウス」-2nd Season- 公式サイト (shadowshouse-anime.com)

 

 


www.youtube.com

 

「シャドー」という影のような生物が

とある館を占拠し、

 

「シャドー家」という一家を構築し

 

貴族のまねごとを始め、

 

シャドーは1人1体「生き人形」という

人の形をした人形をつけ、

 

生活をしていくというお話です。

 

(本当は生き人形ではないけれど、

ネタバレの為伏せておきますw)

 

最初は主人公のシャドー「ケイト」

 

その生き人形である「エミリコ」

 

のほほんとした同性愛を

題材にした

ストーリーかと思いきや、

 

これはかなりやばい作品だったりします。

 

特に宗教観というのがかなり強く出ており、

 

これを読んでいると現行の宗教団体がやっていることを

 

見事にストーリーの中に上手く組みこめられている

 

そういった物語だったりします。

 

現在マンガはヤングジャンプで何巻かまでは

無料で読むことができます!

(オンリーは近くのネカフェに通い最新話まで読み切りましたw)

 

ヤンジャン!|集英社公式・ジャンプ系青年マンガ誌アプリ (ynjn.jp)

 

さて、なんで今日はこの「シャドーハウス」を紹介し、

 

「余計なことを考えるな」という洗脳社会~リアルシャドーハウス~

 

というタイトルなのか??

 

それは、このシャドーハウスの中で

生き人形の中で染みつけられている教えが

 

「余計なことをかんがえるな」

 

だからです。

生き人形はシャドー家に忠誠を誓わないといけず、

 

疑う心を持つことを禁じられ、

とあるもので洗脳され、

毎日喜び溢れた生活を保障されています。

 

それを象徴させるのが、作中にも出てくる

「お掃除の歌」です。

 

拭けば明日はすすが積もる
すすが積もればまた拭ける
さあ働きましょう
お役に経ちましょう
余計なことは考えない
シャドー家のために
さあ働きましょう
お役に経ちましょう
余計なことは考えない
シャドー家のために

引用:シャドーハウスアニメ2話より

 

 

しかし、現実はどうかといえば、

 

・毎日考える余裕を持たされない業務量をこなし、

 

・食料も最低限の栄養しかとることができないパンのみ。

(シャドーはちゃんとした料理が食べられる)

 

・朝日を浴びることができない部屋+ベットも蓋つき

(夏になると暑くないか??)

 

・仕事ができなくなったり使えなくなったら処分される

 

そして物語の中では

 

「偉大なるおじいさま」という

 

宗教団体の創始者、教祖的存在という黒幕が存在します。

 

このおじいさまのとあるものが入ったとある黒い飲み物を

 

飲ませることで

 

生き人形たちは洗脳され、

 

シャドーハウスに生きることが幸せであると

 

洗脳されていくという、

 

とんでもない物語だったりします。

(ちょっとネタバレしちゃいましたねw)

 

シャドーも洗脳された生き人形たちとともに

生活を過ごすことで

 

シャドーハウスのルールに乗っ取った生活を

自然とこなしていき、

 

館の周りの村も

とあるもので村人を全員洗脳させてしまうという、

 

とんでもない仕組みを構築しているわけですが、

 

これに近いところが存在すれば、

 

現在世の中もある意味「リアルシャドーハウス」になってきている。

 

そういったことをこの作品を読んで感じたのです。

 

この「余計なことを考えるな」

 

実は僕が20数年間

関わり続けてきた「天理教」でも

 

同じような教えというものがありました。

 

それは、「不足をいうな」であったり、

 

「上のいうことは素直に聞きましょう」

 

「進路は自分で決めるものではない。親や上にお伺いを立てて決まるんだ」

 

であったり、

いかにも自分で考えることをやめさせるような

 

そういった間違った教えというものが横行していたのです。

 

法人勤務を終え、

天理教の3か月の修業期間である「修養科」

というところに行った時の話ですが、

 

その修業期間の宿泊機関に「詰所」というものが

天理市内には200か所近くあります。

 

その中の一つの詰所で住んでいた時のことですが

なんとなく違和感を感じたことがありました。

 

周りから聞かれることは

 

「修養科が終わったら大教会に伏せこみしますよね??」

 

(大教会という大きい施設で掃除とか草抜きや

よくわからないおじさま方の運転したりと雑務をこなし、

月給2万円以下で奉仕をするようなところです)

 

「青年ひのきしん隊がちょうどあるから、入隊するよね??」

 

(平たく言えば野郎ばっかりで宿舎に1か月泊まって、

無償の現場作業ばっかり行い、

夜は天理教の修練をちょっとやって宴会ばっかりするやつです。)

 

「その進路は、ちゃんと上の〇〇さんに相談したの??」

(え?そんな誰かに伺いを立てないといけないものなの??と思いましたがw)

 

はなから、これが終われば天理教のどこかにいないといけない。

 

天理教のお偉い人に自分の進む道を決められたり、

相談しないといけないような

同調圧力

 

そういった価値観というものを植え付けられる

これは修養科という修業の期間だけではなく、

 

思えば、高校を卒業後も

 

大学も卒業後も

 

法人勤務を終えた後も周りから聞かれることは

 

同じなんですね。

 

「終わったらどうするの??天理教の中で生きるよね??」

 

逆に

 

「え??そうしないといけないルールなんて存在するの??」

 

て聞き返すと

 

「そういうわけじゃないけど、するのが常識でしょ??」

 

という返されたときは

あまりにも意味不明すぎて

返す言葉もありませんでしたがw

 

自分も無意識にその領域にいる時は

周りにそういったことを言ったり聞いたりしていましたが、

今思えば改めて怖いなと思った出来事の一つです。

 

ある意味、シャドーハウスのように

 

何もわかっていなければそれが「幸せ」

 

という価値観を植え付けられ

 

本来、倫理的にはダメなことが平気になっていく、

そういった感覚というものが植え付けられてしまう

 

しかしその「余計なことを考えてしまい、行動する」ことで

 

教団から鉄槌を下されてしまう。

 

そういった脅迫観念的なものも最終的には精神に

インストールされていくことで、

 

「何も考えないことが一番楽だ」

 

「上のいうことを聞いていれば、俺らは幸せになれる」

 

まさしくこれは、シャドーハウスにも出てくる

 

「余計なことを考えなければ、生き人形は幸せよ」

 

「シャドー家の為に生きていければ、私たちは幸せになれる」

 

そしてこれは天理教に限らず、

現代社会にもあるような風潮でもあったりします。

 

「会社にいれば安定した生活と幸せが保証される」

 

という今では都市伝説のこれだって、同じでしょう。

 

ある意味、仕事で頭をいっぱいにしてしまい

考えることをやめさせて

生かさず殺さずにしておく。

 

考え方一つで変わりますが

 

今の現代社会、どこを見渡しても

 

「リアルシャドーハウス」

がどんどん構築されていたりしています。

 

安部首相の射殺事件が先日ありましたが、

宗教団体は衰退していくでしょう。

 

そういった宗教団体の「シャドーハウス」の衰退

は否めませんが

 

ある種のシャドーハウスは、

世の中のあちこちに転がっています。

 

例えば、

生き人形の朝日が入らないお部屋というのは

 

コロナ禍の「ステイホーム」により拍車をかけ、

朝日を浴びる機会をなくし、

運動不足にも陥らせています。

 

「栄養が最低限しか入っていないパン」というのは

仕事などで忙しくさせ、

 

調理したご飯を食べる機会をなくすことで

コンビニ飯・ファストフードばかり

食べざるおえない文化を作ると似ています。

 

コロナ禍で飲食店の謎の時短営業で

更にファストフード・コンビニ飯を食べさせる

という文化を更に構築させたわけです。

 

そしてストレス発散ができる「お祭り」

「飲み会」などをなくし、

「黒い飲み物」たるもの、

 

今であればスマホの画面上のもので

仮想空間上で楽しむことができ、

 

AVや二次元などを見ることで

性欲も満たされてしまい

 

そういったがんばらなくても

何でも満たされる状況を作り

 

「考えなくても生きることができる」

「余計なことを考える必要がない」

 

そういった「リアルシャドーハウス」文化

というものが

世の中に構築されているということです。

 

宗教嫌いな日本人は多いものの、

自分たちがそういった「シャドーハウス」的な

宗教組織たるものに染まっていることに

 

気づいていないことが

一番やばいなと思うこの頃です。

 

大切なことは一つ。

「余計なことを考える素養を身につけよう」

 

こういう時代だからこそ、

 

今こそ、余計なことを常に考える習慣をつけることが

これからの時代を生き抜く礎になると僕は確信しています。

 

シャドーハウスと真逆の生活ができる空間に

自分の立ち位置を置くこと。

 

作者のソウマトウさんはそういったところを

ストーリーに組み込み、

世の中に訴えかけている部分も

少なからずあるのかなーと思った次第です。

 

本日はこんな感じで!

感想などもお待ちしております。