オンリーワン@脱天理教教会後継者ブログ

脱天理教教会長後継者等変わった経歴の30代が思想・哲学・生き方を生き方をぶっ放します。

世の中は「無理ゲー」だけど、自分の人生は「無理ゲー」ではない

 

オンリーです。

 

そういえばこのブログでは自分の

仕事の話をしたことがないので、

 

今日はせっかくなのでそんな話をしていこうかと。笑

 

(タイトルに関係ないじゃーんて思うかもですが、

めっちゃ大ありです!)

 

僕自身は現在個人でフリーランスとして活動しています。

 

内容はあんまり大々的には今は言えないのですが

(そのうち顔出し云々暴露するときがくるかもw)

 

今やっている仕事内容としては

 

YouTube・ブログ・SNS等での情報発信

・オンラインでの動画教材の制作

・個人・団体・オンラインでとあるものの教育・指導

(教室も数か所開講しています)

・とあるものの体験事業の実施

・コミュニティや自分自身が活動するチームの形成・運営

・イベント企画・集客

 

こういったことを中心に個人で仕事にして、

今はそこそこ余裕でそれだけで

食えるレベルまで徐々に仕事に発展しています。

 

(とはいえ、まだまだ発展途上で、

これからもっと事業展開を現状進めているところですが)

 

事業として独立し始めたのは今から2年前の4月。

 

忘れもしない

コロナでの緊急事態宣言が発令されたあの時です。笑

 

フリーランスになった途端、

 

仕事がすべてぶっ飛びました。笑

 

その話はまたの機会にするとして、

 

今日話したいのは

 

「世の中は「無理ゲー」だけど、自分の人生は無理ゲーではない」

 

というところです。

 

はっきり言うと、僕が個人でやっている業種というのは

 

単刀直入に言うと

 

絶滅危惧種

 

です。笑

 

向こう20年でこれに関わっている

団体や法人というのは

 

少子高齢化に伴い、

やっている人たちの高齢化が進む中、

組織の仕組みの腐敗で

若手がいない状態というのが

慢性的に起こっています。

 

(僕が見たところ、20年後にはほとんどがなくなるか

かなり衰退すると見ています)

 

そういったものを始めようと志したのは当時

大学生の時。

 

実は小学生の頃から

今の仕事に関わることをしていて、

この情報発信という部分についても、

 

小学校時代に趣味で制作していた

ホームページや掲示板を自分で運営していた

経験があった故、

 

その分野とかけあわせて使って

仕事にしていたりもするわけですが、

 

大学3年までは、今の仕事のこととは離れ、

別の学生の慈善サークルをやっていました。

(詳しくは自己紹介にて。)

 

nantenhito.hateblo.jp

 

 

大学4年の時に、ふと思ったことがありました。

 

「僕にはやっぱりこれしかない」

 

頭の中ではふとそのことを思い出し、

大学4年生になってそれに再び

向き合うことになりました。

 

とはいえ、それを仕事にする方法は

全く浮かび上がらないわけですが、

それでもそれを仕事にすると思い込んでいた自分が

 

この後からずーっと続くわけです。

 

もちろん、

周りにもそんなことを仕事にしている人は

いなければ、

 

むしろ周りに言っても

絶対理解されないのはわかっていたので、

誰にも言ったことがありませんでした。

(自分の心の中で何年もしまっていたという感じです)

 

それでも卒業して法人に4年間勤務し、

地元に帰ってからも夜勤をしたり、

バイトをしたり、

 

それを仕事にしていくことを目標に

ずーっと諦めずに追い続けました。

 

もちろん、そんな状況でやっていれば、

家は天理教という宗教をやっている家系です。

周りの天理教関係の

年寄りのおっさんたちには言われるわけです。

 

「そんなことやってないで、教会の活動だけに専念しろ」

 

 

「上のいうことだけ聞いていたら安泰だから、

その活動はほどほどにしろよ」

 

天理教はどこかしら

本来の宗教の教えとは違う「組織」の教えが

混在していたりします。

最たる例が「上のいうことを素直にはいはい聞く」

素直の意味をはき違えていますw)

 

もちろん、その場では「わかりましたー」と言いながら、

冗談半分で聞いていたので、

鵜呑みにするわけはなく、

 

「これは自分がいる環境とは違うな」

 

そう思うことも多くなり、そういった

おっさんたちの集まりには

顔を出さなくなりました。

 

実はそういったところも

最初関わっていたのは、

仕事につながる可能性もあったことも

もちろんですが

 

「組織を小さいところから変えていこう」

 

という気持ちが自分の中では少なからずありました。

 

しかし、だんだんと

自分の仕事の業種の仕組みにしても、

家の宗教の仕組みしてもわかっていく毎に、

自分の中で大きく感じたことがありました。

 

「あ・・・これはもう無理ゲーだわ・・・」

 

そして当時やっていたバイトなどに

関してもわかったことがありました。

 

「バイトをしながら今の仕事を続けても、

バイトをしている時点で、先が見えてこない。」

 

バイトというのは基本的に「時給制」

これは会社員にしても、

自分の元気な体を

会社に売ってお金にするのは変わりないわけで

「自分の元気な体を使って、

時間を売ってお金がもらえる」という仕組みに他なりません。

(宗教法人勤務なんかも、この本質は変わらないですね。)

 

つまり、それだけの為にバイトをしていることに

途中から大きな違和感を持つわけです。

 

「俺、このままいくと一生このポジションから抜け出せないわ・・・」

 

「むしろこの時間、自分の事業の為に使った方がもっと効率よくならないか??」

 

「だってバイトは会社の店を回すだけやけど、

自分の事業は金にはならずとも、自分の糧になるよな??」

 

そういった思いが強くなり、

緊急事態宣言が出る2か月前に

バイト先に辞めることを宣言し、

 

フリーランスの道へと歩むことになります。

一時期は貯蓄がつきる

手前までやばいことにはなったものの、

 

「最悪貯蓄つきたらまたバイトから出直そう」

 

その自分の中で決めた取り決めが功を奏し、

今もバイトに出直すことはなく、

フリーランスとして活動ができているわけです。

 

フリーランスになってよかったと思うことは、

 

「自分の人生は自分で決めることができる」

 

と思えたことと反面、

 

「自分でどうにかしない限り、誰もどうにもしてくれない」

 

という二つの視点を持つことができたことです。

 

会社や宗教に依存してしまうと、

ある種「自己」というものが

薄れていきます。

 

「会社が自分を面倒見てくれる」

「宗教を信じていたら幸せに生きることができる」

「周りがこうやっているから自分もこうしよう」

 

上世代の人は潜在的に、

無意識にこう思われている方が

今でも多く、

知り合いの天理教の人なんかでもこういった人が

多いなーとも感じます。

 

特にコロナ禍においては、

政治にしても医療にしても何でもそうですが、

「自分で考えない人」

多くなっているなと感じることが多くなりました。

 

テレビやネットニュースの

情報を鵜呑みにしている人が多くなり、

 

ちゃんと本質的なことを考えずに

人に流されて行動している人が増えている。

 

フリーランスになってからは

そういった自分の視点が大きく変わったことも収穫でした。

 

世の中ははっきり言ってどんどん

 

「無理ゲー」に突き進んでいます。

 

とはいえ、自分の人生は自分で何とでも変えることができます。

 

「無理ゲー」だと思えば「無理ゲー」な人生になるし、

「無理ゲー」ではないと思えば、「無理ゲー」ではなく、

むしろ「ベストゲーム」にできてしまうことだって可能です。

 

特に日本においては、生活保護などの社会保障

他国に比べても充実していますし、

 

働き口にしても変なことしなくても

今は人手不足なども進み、

すぐにどこでも働ける環境が整っています。

 

だからこそ、

自分の人生を自分で変幻自在に変えることができる。

 

親がどうとか、周りがどうとか、

家がどうとか、

そんなことはどうだっていい。

 

変わりたい自分の場をいかに作っていくか??

 

それによって自分の人生をいい方向へ形成することができ、

自分がいい方向へ行くと、自然と周りもいい方向へ導き合える

仲間と出会えます。

 

僕自身も、フリーランスでそこそこいけているものの、

 

まだまだそういった「場」を作る最中だったりします。

 

もっと新たな「場」「ステージ」を作れるように、

今後も共に見てくださっている皆様と精進できたらと思います。

 

本日はここまで!